サイト14周年!(先月で)

  • 2019.09.10 Tuesday
  • 23:26

**追記9/11*************************

 

カクヨムのリンク間違ってたので訂正しました

 

***********************************

 

お久しぶりのブログです羽鳥です。

 

実は先月23日でサイト開設14周年を迎えました、わー。14年ですって(震)

もう14年前のことなんてあんまり覚えてないですね。

そのうち何年かは開店休業状態だったりもするんですけど

なんだかんだここでブログ書いていて、あーまだ存続してるなーという感慨に耽っています。

 

で、丸14年経ってみて。

やっぱり反応や感想を頂けるってものすごいモチベーションになると思いました。

反応を気にするあまり細々とやってきましたけど、やっぱ書いてる以上は読んでもらえるとありがたいもので、もっと書きたいなぁっていう思いが溢れてきます。

 

まぁ、やっぱり、力不足を感じることが多いんですが。

宣伝してても、宣伝力がないですね。もう、私の存在全てに訴求力がないんだろうなぁと。

物語にも宣伝にもツイートにもブログにも…笑

 

でも、やっぱり、それでも、何もしないより発信していた方が、凹むことも多いけど得られるものも多いなと。

辛いことも楽しいこともあるというのが発信するということでしょうか。

 

まだまだ力不足ではありますが、どなたかのお暇つぶしになって頂けていればと思います。

 

今週は…、掃除婦ページの更新をしたいですね、死霊の方のリンクとかも追加したいし。

 

今やってることについてのPRをちょっと。

アルファポリスさんで死霊使いの花嫁連載中です

https://www.alphapolis.co.jp/novel/452083416/6290232

 

それから、カクヨムに幽霊屋敷の掃除婦を転載しています。微改稿してますが基本変わりなし。

頑張る女子主人公コンテストに参加中です。頑張ってるのか知らんけど…笑

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891018095

 

微改稿って何を?って話ですが、設定の矛盾がびっみょーにありますね。

とくに時系列はやばいです。ぶっちゃけると掃除婦の方、当主交代が十年前だったり五年前だったりしてますね。書きなぐりの手元のメモには十五年前になってるんですけどね!

世界観とか、今になって固めてるので、細かいところが微妙に食い違ってるんですけど。まぁそういうこともある!

そこらへんきちっと詰めてたらなかなか公開できないし!!(自分を甘やかすスタンス)

 

そして、コミティア130に参加申し込みしました。新刊は掃除婦です、こっちも改稿中ですけど、分厚いです。

あとまったく捌けないキシヒメなんとかならんかな、約800ページ分くらいあって1000円ぽっきりなんで宜しくです!!(ヤケクソ)もうだいぶ古い作品だからなぁ……

 

とにかく楽しんでいきたいですね!!ゲームも作りたいし。時間いっぱい欲しい。

 

読んで下さる方に感謝して毎日を過ごしています。元気をありがとうございます!

 

 

パチパチありがとうございます!

先月頭、拍手でコメント下さった方へ…レスブログで拍手お返事しました、遅くなってすみません!

 

とくに面白みのないブログですが、定期的に書いていきたいですね、発信することの練習に……

 

お疲れ気味

  • 2019.08.08 Thursday
  • 11:57

ツイッターのアカウントが幾つか立て続けにロックされて解除できず

どのアカウントでも入れなくなった羽鳥です。こんにちは。

 

前に書いた幽霊屋敷の続編を書き始めてみたので

宜しければお暇潰しにでもアクセスして頂けますと嬉しいです!

 

https://www.alphapolis.co.jp/novel/452083416/6290232

 

毎日暑くてしんどいですね。

ネットは情報量が多くて頭が混乱します。

アカウントロックされたのと帰省を機に、しばらくぼーっとします。

修正&好きなものは好きなので

  • 2019.07.27 Saturday
  • 19:00

追記:拍手有難うございます!コメントにはレスブログでお返事しました。

 

***

 

こんにちは羽鳥です。

 

放置していたトップページの文字化けと、キシヒメページで一部話が読めないのを直しました。

拍手からご連絡下さった方ありがとうございました。

すみません。サイトは誰も見ていないと思っていました(すぐそういうこと言う…)

 

せっかくブログを書いたので何か書きたいですね、うーん。

 

今回キシヒメ(eden)を直すのにちらちら走り読みしていたら

一体これどういう話なの……と真顔になりましたね。

読まれることを意識してないとここまで話を拗らせるのか私は……

でも嫌いじゃない……という不思議な感覚になりました。

 

書いているときはもう手が止まらないようっていうほど夢中で書いてたんですけど。

同じくらい今夢中で書いているのが書くつもりがミリもなかった幽霊屋敷のその後です。

できれば新シリーズとしてやりたいと思っているんですけど。

幽霊屋敷の掃除婦という作品自体には恋愛要素はほとんどないんですが(ごくごく微糖?)

続編は恋愛強めでいくぞ!!!!!という心構えはあったんですが秒で玉砕しました。

でも私の書く恋愛ものって超絶不評なんですよね(そりゃedenが恋愛物ならそうだろう)

 

多分恋愛観が一般女子と違うんだと思うんですよ……

恋愛要素は好きなんですけどねえ……

この辺はもうどうにもならないっすね。

 

あと、この歳になっても大人向けが読めないです。

少年が一生懸命少女のために頑張るような話が好きです。

青くてもひたむきな少年少女が好きなのです。

だから書く話が子供っぽいと言われるんでしょうか……

 

でも好きなんだから仕方ないんだなぁ。はどを

お知らせと駄文

  • 2019.06.11 Tuesday
  • 15:40

こんにちはー!羽鳥でーす!今日も病んでまーす!

 

諸事情があって久々にSNSで連載を始めました

 

ここ数ヶ月いつにもまして人と話すのが億劫で億劫で

仕事だけ仕方なく行ってるかんじですが

久々にネットに小説を公開しました

良かったら読んでやって下さい。

 

https://www.alphapolis.co.jp/novel/452083416/698274360

 

 

 

 

最近ツイッターの使い方を覚えました

 

おこらないかかわらない自分に言ってると思わない。

 

自分に自信のない人間って、何かの批判やネガ意見を全部自分に言ってることだと思い込んでしまうんです、ある意味自意識過剰です。私は勝手にネガの自意識過剰と呼んでます

 

★補足!

例)すれ違う人がみんな私を見ている気がする(この時点で自意識過剰)

ポジな自意識過剰「私が可愛いからね!」

ネガな自意識過剰「顔に何かついてるのかしら…服が変だったのかな…グスン」

この下側のやつです

 

これはかなり先天的なもので治すのは難しいです、たぶん治らない

だから未だに私も、自意識過剰とわかっていても思う

 

ツイッターなどで誰かがいう「こういう人は嫌だよね」「こういうのは良くない」

 

(あ……わたしのことや……)

 

絶対にこの思考は入ります。

この思考に囚われたらツイッターを閉じる。

タイムラインを追わない。間違ってもリプしたりリプ欄を見ない。

 

けど最近は調子がいいと

「あ、わたしのことや!すまん!テヘペロ!!」

くらいまで昇華できるようになりました大成長じゃないですか!?褒めて下さい!!!

 

というわけで月一くらいでこんなくだらんブログを書いてこうと思いますよろしくです。

 

 

★リンク一件追加しました!

★ぱちぱちコメントありがとうございます!

★今月は光の鎖を更新したい(希望的観測)

 

 

 

 

尊い〜という表現法

  • 2019.04.25 Thursday
  • 10:04

生きています。羽鳥です。

 

最近文章を書くことの難しさを改めて痛感していまして。

言葉を自分の思った通りのニュアンスで伝えるのって難しい。

もちろん、読んだ人によって違う解釈が生まれることも文章の良さのひとつとは思っているのですけれど、曲解されて不愉快にさせてしまうとちょっと申し訳ないなと思い、推敲を繰り返しているうちに逆にどんどん本質が失われてさらなる曲解を生むという。

また、補足に補足を繰り返して解釈の余地がなくなった文はそれはそれでつまらないですよね。

そこをガンガン読ませてくる文章など目にすると自分の力不足にへこみます。

 

というのもですね。

ツイッター語ってあるじゃないですか、尊い〜!みたいなやつ。

形容詞に「み」をつけるやつとか(嬉しみ、みたいな)。

あの文化って、140字という少ない文字数で表現する中で生まれた文化ではないかと勝手に解釈していたんですが、最近は、曲解を防ぐための手段の一つではないのかと感じるようになりまして。

ツイッターって気軽にポンポンレスできるような雰囲気がまた魅力の一つではありますが、それが故に諍いを生みやすいSNSだなと思っていまして…、いわゆるクソリプだとか、エアリプだとかで、「私はそうは思わないけどなー」みたいなコメントが生まれやすく、またそれを攻撃と受け取る人が多い。

私は、攻撃されたとまでは思わないけれど、いやそういうことが言いたかったわけじゃないんだ!という言い訳をしたくなってしまって収集がつかなくなっていくタイプですね。

 

これを防ぐのが尊い〜!ですよ。

相手の解釈に任せる究極系です。

じゃあ尊いってなんだよ、何が尊いんだよ、どこが良かったんだよ…っていう話なんですけど、それを長々書くとどうしても軋轢が生まれるというか、今度は解釈違いなんて問題が待っていたりして。

 

自由な感想を持って自由に書いていいと思うんですよ。

でもこのスタンス一つ取ったって、書いてる私ですら「そうだね」と「そうかな」の2種類の気持ちが起こります。

自由とは言え、最低限のモラルは必要なのでは? 相手を自由に傷つけていいわけではない。

たとえフォロワーが少なくたって、発信した以上誰の目に留まってもおかしくない。

みたいなことを言い始めると絶対うぇーってなりますよね私だってなります。

言葉は強すぎるんです。私はこうだと思うけどケースバイケースだよ、みたいな補足に補足を繰り返してるともう尊い〜!だけ呟いときゃいいんじゃないのって思ってますが

これによって生まれるのが語彙が死んでいくという問題ですね。

というのに私は今直面しているなという、

それだけ言うのにこれだけの文字数を使う自分を気持ち悪いなって思ってます。

 

PS

拍手コメントありがとうございます!レスブログでお返事しております。

 

それ以外でもぱちぱちありがとうございますー、励みになります!

れ、連休開けたら本気だす。

メンタルは鍛えられない

  • 2019.03.14 Thursday
  • 18:54

創作する上でネガティブな感想とどう向き合うかってけっこう重要な課題だと思うんですが。私も未だに考えています。いやそんなに感想とかもらえる身分じゃないですが。


何を言われてもまったく揺るがない!という鋼のメンタルをお持ちの方には縁のない話です、誠に羨ましいです。


世の中には、そんなことくらいで傷ついてたら生きていけないよ!とのたまう方がたくさんおります。まぁ一理あるとも思うのですが、傷つくもんは傷つくんですよそこはもうどうしようもない。性格ですから。


長年メンタルを鍛えようとしてきましたけどこればっかりはどうにもなりません。むしろ、これくらいで傷つく自分が悪いんだ…と自分を責めて責めて落ちていくだけでした。まぁ、強くなった部分もあると思いますけど少なくとも意図してどうこうできるもんじゃないですね。

野菜を美味しいと思う人とまずい人がいるのと同じことだと思います。


かといって、傷つくから批判しないで下さい!と言うと、あらびっくり、余計に批判されるこんな世の中なんですねポイズン(古)

だから私はあえて批判大歓迎!って言ってました。だからなのかそもそも感想が少ないからなのかあまり手酷い感想はもらったことがないです。


まぁ…すっごい叩かれた方が有名になれるのかもしれませんが…中途半端なキャラなので、はい


どのみち何をどうしたってネガティブな感想はなくなりはしないんですよねー、何を発言しようと自由ですもんね


でも私はもう「こんなことで傷ついては駄目だ」って思うのはやめることにしました、感想とかだけでなく、日常生活でも


私は傷ついた!!!

と認めた上で、我慢するのか、許すのか、抗うのか、それとも他の手段を取るのか考えることにしました。同じようでいて、全然違う。少なくとも私は…


傷ついた自分は悪くない。弱い自分も悪くない。私が傷つき我慢できないことで傷つかない人もいれば逆もしかり、良い悪いで判別することじゃないから。他と違っても自分を責めない。


そして他人に否定されても自分の考えを否定しない。それが時に矛盾していても。


私は人を否定する人や批判する人、ネガティブな言葉で貶す人が大嫌い。偽善とでもいいこぶりっことでも言うがいいわ!!!👹

なぜそれをわざわざ書いたり口にする必要があるの?自分の心のメモ帳にでも書いときなよ。


と言ってる時点でブーメランなんですけどね!そこは棚に上げることも人生には必要なのだ。

好みの変遷

  • 2019.03.06 Wednesday
  • 20:38

最近すっかりモノトーンにはまってしまって、とにかく家の中も小物も使用するもの全てを白と黒にしたくて仕方ないんですが、そんな私に立ちはだかる


圧倒的


ピンク


そう…ほんの1ヶ月くらい前まで、私はピンク教の信者でした


高校生くらいまでは、ピンクとかチャラチャラした色(?)大嫌いで、水色とか青系が好きでした。透き通ってるとさらに好き


それが、高校卒業と同時になぜかピンクが好きで好きで好きで堪らなくなり、あっというまに身の回りが(服を除いて)ピンクで染まりました。シャンプーとかコスメを選ぶのもメーカーではなくピンクかどうかで決めてました。結婚出産して、家に男しかいないから自重すべきか…と思ったけど、自重できず相変わらずピンクでした


それなのに

突然モノトーンにしたくても

溢れるピンクをもはやどうしようもなく

ピンクが憎らしくすらなりつつある私


掃除機すらピンクなんですよね(-_-;)

もう20年くらいピンクにしか興味ない人生だったのに、まさかこんなにもあっさりと興味がなくなるなんて思わないじゃないですか…。まぁ青からピンクへの変遷も唐突だったけど。


同様に思考も感じ方も変わりつつあるから、第二次成長期かな??()


小説も今までの私とはちがう、何か新しいものが書けるかなぁ…?

いじめ

  • 2019.02.23 Saturday
  • 16:22

最近、長男が「いじめ」にあっていると言うようになりました。

内容を聞いてみると、いじめ……というより、からかわれている、いじられているという感じではあります。もちろん本人がとても嫌ならそれはいじめにもなりえるのでしょうが、おそらくこれから先の人生でこういったことを完全に排除するのは難しいだろうなぁ……ということです。

 

たとえば、失敗や間違いを笑われたり、馬鹿にされたり。一生懸命作ったものを下手だ、変だ、とからかわれたり。

 

息子は、学校に行きたくないというので、じゃあ行かなくていいよというと1日休みましたが、翌日には切り替えて登校しました。とりあえず、一安心…というところではあったのですが、ここからが正念場ですよね。

 

相手が傷つくような言葉を悪気なくさらさらっと口にしてくる人は、いなくなることはないんですよね。

たとえば先生に「息子が傷ついてるんです!やめさせて下さい!」と言ったところで、やめさせることなんてできないどころか、こっちが悪者になりかねない。

だから息子には、その嫌な気持ち辛い気持ちになるべく寄り添いながらも、結局は「相手にしないこと。無視すること。これからもそういうことを言ってくる人はたくさんいる。いちいち傷ついていたら自分がつらい」ことを話しました。

けれど、どうして、傷ついてる子に、あなたの心構えを変えなさいと言わなきゃならないんですかね。とやるせない気持ちにもなります。

 

だって私自身ができないですもんね。書いた話に下らない、面白くない、なんて言われてへこまないわけがないですもんね。

ネガティブなレスポンスが駄目というわけではなくて。厳しい意見がありがたいこともあるから、必ずしも絶賛しなければならないとは思っていないんですけど。言論の自由は人を自由に傷つけていいわけじゃないといつも思ってます。それも、どんな言葉が相手を傷つけるかわからないから、あまり考えすぎると発言できないですけどね。正解なんてないですね。

 

それはともかく。

 

そしたら今後は、次男が「気持ち悪い。嫌い。近づかないで」というお手紙を持ち帰ってきてまた心が修羅場。

自分が言われるよりもショックですね、これ……。だいぶソフトに書いたけど、もうちょい抉ってくる文面でしたからね。

 

どちらにしてもね。相手にそうさせてしまうような要因はうちの子たちにもあったのかもしれない。けどそれでもこんなやり方ってありなのかな、私的にはなしかな。

私自身、大人になってから、私の立ち回りが悪いがために職場の人に無視されたり嫌がらせされたりして追い詰められたことも1度や2度じゃなかったけれど、こんな陰湿なやり方しかできない人たちに「あの子はコミュニケーションが取れないから」なんていじめられたりしたのですからちょっと解せないところがありつつ……大人になっても一つ立ち回りを間違えれば刺される世の中。

 

その世の中をどうやって生きていくか息子たちと考えながら、でもこんなことをやるよりはやられる方でいる方がいいのかもしれないとも思う。いつでも、人の足を引っ張るより、人の手を引けるような人物でいたいと思う。子供たちにもそう言って生きていく。

 

正直者が馬鹿を見る世の中でも、馬鹿を見て生きていくスタンスで頑張ります。

 

掃除にハマる

  • 2019.02.05 Tuesday
  • 16:41

最近掃除にハマってまして。暇さえあれば片付けをしております。

 

毎日少しずつやるというのが昔から苦手で、本の栞を使ったことが一度もないタイプなので、当然(?)掃除も苦手でした。嫌いというわけではなくて気が向いたり、来客予定があったら徹底的にやる感じ。

 

雑貨とか見るの好きだけど、何か置いたら掃除が面倒だから何も置きたくない→雑貨見ても仕方ない…みたいな思考回路になってここ数年ショッピングも億劫だったのでした。

 

それがついつい最近、何かを検索してたら収納やDYI系のブログに行き当たって、そこで紹介されてたmon・o・toneというインテリア雑貨・収納のお店を見てたら、なんか滾ってきまして…。白黒グレー基調のすっごいシンプルなものばっかりで、詰め替えボトルとかすごいクールでスタイリッシュ。

 

思わず衝動買いして、これを置くならここも片づけて綺麗に……とやってたら火がつきました。

けど通販は現物を見られないのと送料がネック。収納系は複数買いだし、イメージと違ったら…使い勝手が微妙だったら…と考えると欲しいものはいくらでもあるけど悩んでしまって。

 

そこでハマったのが100均。最近の100均グッズってめっちゃクールで可愛い!しかも安い。mon・o・toneにときめいていた私は白黒でそろえたくなってて、ソープディスペンサーやらキッチンツールやらをごっそり……

あんなに出不精で休みでも外に出るのがめんどくさい……という状態だったのが、いろんな百均に行きたくて、セリア、ダイソー、キャンドゥと色々めぐってきたという。百均めっちゃ可愛いめっちゃ楽しい。

 

で、買った物をおしゃれに使いたくて掃除三昧。始めたらもう止まらなくて、見ないフリしていた手が届かないところ、埃がたまった隙間、排水溝とか夢中で掃除しまくって、トイレなんか説明書をウェブで探してパーツを解体してまで掃除しました。

収納とかパズルみたいだけどうまくハマるととても気持ちがいいです。

 

読み返してみて、気持ち悪いくらい私らしからぬブログでちょっとビビったんだけどせっかく書いたんでUPします(オチなし)

 

 

承認欲求

  • 2019.01.29 Tuesday
  • 14:25

相変わらず自分の生き方について考えている羽鳥です。

 

今度は承認欲求について考えていました。

私は自分で自分を認めることができないので、人から認めてもらえるように色々頑張ってきたつもりでした。

 

例えばこのサイトについて書くのなら――

最初私にとって小説は自分ひとりだけの遊びでした。

でもふと、それをだれかに見てもらいたくなった。それがこのサイトの始まりでした。

まだ個人サイトで小説を書いている人がパラパラといる、くらいの頃でした。

当時やっていたゲームサイトの別館扱いでした。カウンターがひとつ回るだけで嬉しかった。

ある日ウェブ拍手をつけました。コメントがたくさんもらえるような人気サイトではなかったけれど、ごくまれに拍手があるだけで嬉しかったし、だれかが私の話を読んでくれたと思うだけでものすごく嬉しくて満たされてました。

 

でも、もっと自分の話を読んでくれる人が増えないかな、と思うようになりました。

サーチエンジンに登録してみたら、INやOUTが表示されることによって、他と比べて自分のアクセスが少ないことを容赦なく突き付けられるようになりました。ひとつカウンターが回るだけで嬉しい世界から、一変しました。

 

サーチエンジンからの来訪者、ランキング、カウンター、拍手、コメントの数。つきまとう数字は増えていき、ついにSNSが台頭するようになると、何をしても満たされなくなってしまいました。

 

多分、確実に来訪者は増えていたと思うし、なろうでもそれなりには読まれていたと思います。

でも結局それなりで、ネットで話題になったり、ランカーや書籍化されたりする人にはまるで遠く及ばない。

私の作風、売れ筋ではないのもわかってたし、売れ筋じゃなくても読ませるような天才的な才能もない。

それでもコツコツ書いて、書籍が出ても、満たされない思いは募るばかり。

 

誰かに認めてもらえれば、満たされると思ってやってきました。小説だけじゃなく、母としても社会人としても。

でもどれも何ひとつ満たされることはなかったです。

頑張らなければと思えば思うほど、自分は頑張れてないと思ったし、自分はなんて情けなくて恥ずかしい存在なんだろうと思った。そんな自分の書くものが面白いわけがなかったし、買ってもらったり読んでもらうのが申し訳ないと思っていました。このサイトに作品を置いておくのすら恥ずかしい、読まれるのが恥ずかしいっていつしか思うようになりました。

売れないのに出してもらうのが申し訳ない。直されるのが怖くて、いつも「こんなのダメですよね」とか言いながら原稿を出して、ダメ出しを恐れながら原稿を書いて……

自分がみじめでたまらなかった。やっぱり自分なんかじゃ誰にも認められないっていつも思ってました。

 

でも、最近気が付いたんですよね。「人に認められた」かどうかを決めるのって結局自分だった。

よくネットで、「応援している人が落ち込んでいる。私の応援ではダメなんだ」「自分の作品を否定する人は読者に失礼だ」と言われているけど、そうじゃなくて、ちゃんと応援は届いているし、すごく嬉しい。でも結局、自分が自分を認めないと、どれだけ応援されても、どんな結果を残しても、心はおちていってしまうんです。

 

自分を認めることができないから、人に認めてもらう。

少なくとも私の場合、これが最大の矛盾でした。「人が私を認めた」と認められるのは私しかいないのだから、私が自分を認めないのなら承認欲求が満たされるわけがない。

 

ここにきてようやく、自分を認める努力を始めています。

「自分で自分を認めよう、自分を好きになろう」なんていう言葉は反吐が出るくらい大嫌いだったし、自分を好きになるなんて無理だ、気持ち悪いって思ってました。でも私が嫌いな私って、できないと言ってやらない自分だったと思う。

「できるできないじゃなくて、やるかやらないか」っていう言葉もずっと嫌いでした。できないことをやらなくていいと思っていたから。でも、嫌いだった言葉にも嫌いだったことにも今年は体当たりしていきたいと思う。

変われない自分は嫌いだけど、変わろうとして変われなくてあがいている自分は、変われないと諦めている自分よりもまだ好きだ。

 

角度を変えると、今まで受け入れられなかった言葉が耳に入ってくるようになる。そちらを向いていないと言葉は受け取れないけれど、でも今まで弾いてきたことでも、今なら受け入れられたりする。だから、今は受け入れられないと思うことでもいつどうなるかわからないから、なるべくいろんなことに触れて、勉強していきたいと思います。

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