尊い〜という表現法

  • 2019.04.25 Thursday
  • 10:04

生きています。羽鳥です。

 

最近文章を書くことの難しさを改めて痛感していまして。

言葉を自分の思った通りのニュアンスで伝えるのって難しい。

もちろん、読んだ人によって違う解釈が生まれることも文章の良さのひとつとは思っているのですけれど、曲解されて不愉快にさせてしまうとちょっと申し訳ないなと思い、推敲を繰り返しているうちに逆にどんどん本質が失われてさらなる曲解を生むという。

また、補足に補足を繰り返して解釈の余地がなくなった文はそれはそれでつまらないですよね。

そこをガンガン読ませてくる文章など目にすると自分の力不足にへこみます。

 

というのもですね。

ツイッター語ってあるじゃないですか、尊い〜!みたいなやつ。

形容詞に「み」をつけるやつとか(嬉しみ、みたいな)。

あの文化って、140字という少ない文字数で表現する中で生まれた文化ではないかと勝手に解釈していたんですが、最近は、曲解を防ぐための手段の一つではないのかと感じるようになりまして。

ツイッターって気軽にポンポンレスできるような雰囲気がまた魅力の一つではありますが、それが故に諍いを生みやすいSNSだなと思っていまして…、いわゆるクソリプだとか、エアリプだとかで、「私はそうは思わないけどなー」みたいなコメントが生まれやすく、またそれを攻撃と受け取る人が多い。

私は、攻撃されたとまでは思わないけれど、いやそういうことが言いたかったわけじゃないんだ!という言い訳をしたくなってしまって収集がつかなくなっていくタイプですね。

 

これを防ぐのが尊い〜!ですよ。

相手の解釈に任せる究極系です。

じゃあ尊いってなんだよ、何が尊いんだよ、どこが良かったんだよ…っていう話なんですけど、それを長々書くとどうしても軋轢が生まれるというか、今度は解釈違いなんて問題が待っていたりして。

 

自由な感想を持って自由に書いていいと思うんですよ。

でもこのスタンス一つ取ったって、書いてる私ですら「そうだね」と「そうかな」の2種類の気持ちが起こります。

自由とは言え、最低限のモラルは必要なのでは? 相手を自由に傷つけていいわけではない。

たとえフォロワーが少なくたって、発信した以上誰の目に留まってもおかしくない。

みたいなことを言い始めると絶対うぇーってなりますよね私だってなります。

言葉は強すぎるんです。私はこうだと思うけどケースバイケースだよ、みたいな補足に補足を繰り返してるともう尊い〜!だけ呟いときゃいいんじゃないのって思ってますが

これによって生まれるのが語彙が死んでいくという問題ですね。

というのに私は今直面しているなという、

それだけ言うのにこれだけの文字数を使う自分を気持ち悪いなって思ってます。

 

PS

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れ、連休開けたら本気だす。

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